龍造寺隆信、もう一人の娘お安の方2

さて色々あったもののお安の方は無事美しく成長し、蓮池城城主の小田鎮光の元に嫁ぎました。しかしこの鎮光の父である小田政光は、嘗て援軍要請を出すも隆信によって見殺しにされたという過去があります。その後、息子の鎮光は家臣の手によって筑後に落ち伸び、後に小田家を再興しました。

しかし隆信、その過去が気にかかったのか要地である蓮池城を隆信の弟である龍造寺長信に渡し、多久にある梶峰城へと移るように申し渡しました。鎮光はお安の方とともに城を離れるも、父親を見殺しにされて父祖伝来の地を奪われた事に激しく怒りを感じていました。後、大友家による龍造寺家包囲網戦の際に鎮光は大友家に加担して隆信を攻めています。

ですが大友家は敗退、鎮光はお安の方を隆信の元へ戻して筑後へと再び落ち伸びていきました。お安の方の不幸はここからです。

お安は義父隆信に鎮光に詫びに来れば裏切りを許すという書状を書かせました。この手紙を受け取った鎮光は佐賀の地へと訪れましたが、そこに待っていたのは隆信でもお安でもなく、武装した龍造寺軍。お安の手紙は隆信が書かせた偽りの手紙であり、鎮光もまた騙し討ちにされたのです。お安は隆信に策略の道具として使われたのでした。