龍造寺隆信、もう一人の娘お安の方3

隆信に利用され、夫を殺されたお安の方。彼女は自害しようと試みるも、果たせなかったそうです。その後、お安の方は松浦党の波多氏へ嫁ぐ事になりました。お安の方はこの頃から秀の前と呼ばれるようになったそうです。ですが波多氏には子がおらず、隆信の孫を養子に迎え入れる事になりました。またもやお安の方は隆信によって利用されたのでしょう。

さて、次は時の流れが大分進み、秀吉が九州征伐に訪れた後の事になります。この時波多家は遅参を秀吉に咎められ、あわや改易という事になりかけるも鍋島直茂のとりなしによって危機を逃れました。ですがその後、秀吉の朝鮮出兵の際にも遅参や軍令違反を犯して波多家は秀吉の不興を買う事になります。

その一方で、不運にもその美貌からお安は秀吉に目をつけられていました。秀吉の前に出向くように申しつけられるも、お安は秀吉への不服従の意思示しの為にわざとその前で懐剣を落として見せました。ですが逆にこれは秀吉の怒りを買い、波多家は取り潰し、夫は常陸に流される事になってしまいました。

その後お安の方は佐賀へ返り、出家して妙安尼と名乗って余生を過ごしたようです。時代に振り回された女性の、悲しい最期ですね。

しかし懐に懐剣だのは明智光秀の娘の玉などもやっているのですが、どうしてお安の方だけ怒りを買ったのか・・・まあ秀吉の機嫌一つだったのでしょうが。