七難八苦について

さて山中鹿之助といえば有名なのが例の「七難八苦」についての事でしょう。

これは山中鹿之助が月に向かって祈り叫んだという「我に七難八苦を授けたまえ!」という話から来ています。主家尼子家の為に一日も早く手柄を立てるべく、このような願いをしたと言われています。しかしこの一方で現代ではこの祈りの言葉が有名になり、「山中鹿之助ってドMなんじゃ・・・」という不名誉な疑惑が生まれてしまっている次第でもあります。

まぁそれは歴史好きな方々による冗談の面もあるのでしょうが、この七難八苦については色々な視点があるようです。実際は「我に」とは叫んでいなかったというもので、「(自分の敵である)毛利家に七難八苦を授けたたまえ!(そんで滅びろ!)」というちょっとした呪いであったり、「主家尼子家に降りかかる七難八苦を(私が肩代わりするので)私に授けたまえ!」というものであった、など色々な話が出てきています。言い方を変えるだけで山中鹿之助という武将のイメージも色々変わってきて、面白いですね。もしかしたらこの先も歴史家によって色々な説がでてくるかもしれませんね。ぜひ色々な説を調べていってほしいものです。

今回は山中鹿之助の七難八苦発言による一説でした。

 


2014年5月15日 七難八苦について はコメントを受け付けていません。 新着