丹羽家の顛末

さて今回は前のお話の続きであり、丹羽長秀最後の手紙を読んだ秀吉が「ちゃんとご子息に本領安堵するよ!」みたいな約束をした後のお話です。

この時、長秀の跡を継いだ丹羽長重は僅か十五歳であった。

所で秀吉は小牧長久手の戦の際に丹羽家の軍勢を総動員させておきながら丹羽家の所領について何も言及していなかった。そして長重が跡目を継いだ時に重臣成田弥八郎は家中の者達を集めてこう熱弁を奮った。

「長秀様は織田殿の御恩が非常に深い方であられたのに、秀吉という無道人に騙されて織田家の天下が奪われてしまう羽目になったのは一生の不覚と言うべき事である。その上大恩ある織田家の公達をすら殺そうという人間が、嘗て織田家の同僚であったという事を気にかけてまだ幼い我らが主君に大国を数多く任せよう、などと考えるだろうか?秀吉が越中に入る頃を見計らって、織田殿の御為義兵を挙げて佐々と挟み撃ちにしてこれを滅ぼし秀長様の恥を雪ぐ事こそ秀長様の供養になるのではなかろうか!」

この発言に丹羽家は揺れた。だがそうこうしている間に時間は過ぎ、この噂が秀吉の耳に入ってしまった。

秀吉は弥八郎を捕らえ死刑に処した。そして佐々成政が降伏すると、今度は丹羽家の主な家臣、長束正家、村上義明、溝口秀勝、青木宗勝、青木一重、寺西清行、上田重安、奥山正之といった人々を全て自分の直臣として召し上げ、その上で丹羽長秀の所領であった越前、加賀の地を没収してしまい、

「本領であることには相違無い」

と、『織田時代』の所領であった近江国内の三郡を、長重に与えた。

だがこの後丹羽家は二代目将軍秀忠によって息を吹き返すのだから、人生って分からないものですね。そんな秀吉、米五郎佐との約束を微妙に破る、というお話です。