厳島での出来事

所で陶晴賢は昔、陶隆房と名乗っていた事は以前にも少し説明しましたね。毛利との戦い、厳島合戦の時彼は剃髪して、名を晴賢から全薑(ぜんきょう)に改めていたそうです。今回は先にもさらっと書いた厳島合戦の時の説明をしましょう。

毛利軍の夜討ちに虚を衝かれて混乱し、総崩れとなってしまった陶晴賢の大軍。一部は踏みとどまって奮戦防衛するも、厳島は狭すぎて大軍の利が発揮できないだけではなく、大人数があだになって槍すら振るえないという有様でした。

少数の毛利軍に何故か押し負けていく陶軍。晴賢は必死に兵士達を鼓舞するも、まず武器さえ振るえないのだからどうしようもありません。兵士達の多くは武器を捨て、そして大将すら捨てて逃げていきました。しかし晴賢はまだ諦めません。彼にはまだ数多くの精鋭達がいるのです。

「集え!三千の精鋭達よ!」

「500くらいしか残っていません」

なん、だと・・・・?

しかしそこは選び抜かれた精鋭達。側近たちは大変面倒な事にここで討ち死にすると喚き始めた晴賢を逃がすため、肘をつかんで引いていきました。そして残る者達は大将を逃がすために踏みとどまって戦い続け、その多くが討たれていく事になったのでした・・・。


2014年5月24日 厳島での出来事 はコメントを受け付けていません。 新着