池田恒興・息子を返してもらって

さて小牧・長久手の戦いの中、織田家の重臣であり信長の乳兄弟でもあった池田恒興は突如織田信雄側から羽柴秀吉方につきます。この理由が何であったのかについては色々な憶測がありますが、そこに至るまでにはこのような逸話があったとも言われています。

小牧・長久手の戦いの時の事である。池田恒興は乳兄弟である信長の息子・織田信雄に味方していたが、本当は秀吉に味方したかった。何で味方したかったかは分からない。彼の中で秀吉はさりとての者であると見抜いていたのか、それとも信雄に見限りを着けていたのか、実はそれほど信長に恩義を感じていなかったのか、かのヒャッハー娘婿のように何か秀吉から貰う約束を取り付けたのかはしらない。が、とにかく秀吉に味方したかった。

だが恒興、この時次男の輝政を信雄に人質として出していた。これでは中々裏切りに踏み切れない。だが信雄の方から

「恒興は忠臣である。そのような者から人質を取れば諸将は俺の人格を疑うだろうから、輝政は返そう」

と、輝政を返してきた。

「何と信雄様はそこまでこの恒興を信頼して下さったのか!」

その後、恒興は素早く信雄を裏切り犬山城を調略にて攻め落としましたとさ。え…

何とも前後の脈絡がないように思えますが、池田恒興はTPOに合わせた柔軟な考えをもつ忠臣だったようですね。そんな池田恒興、息子を返してもらって掌を返す、という逸話です。


2014年3月7日 池田恒興・息子を返してもらって はコメントを受け付けていません。 新着