織田家全盛期の小唄より

織田家の重鎮でありながら、筆頭家老柴田勝家と肩を並べるほどの武将でもあり、鬼五郎佐と呼ばれるほどの武将であった丹羽長秀。しかし彼は今現在驚くほど影の薄い武将である。「織田家の武将と言えば?」と言った時に一体何人が彼の名前を上げるか甚だ疑問ではあるが、織田家全盛期である当時にもちゃんと彼の名前は出て来ているのである。

その小唄とはこうである。

「木綿藤吉、米五郎左、かかれ柴田に、退き佐久間」

この小唄にはきちんと意味がある。

まず佐久間とは佐久間信盛の事であり、彼は退却戦に非常に長けた武将であった。退却戦で良く殿を務め、味方の被害を最小に抑えた武将である。

そしてかかれ柴田とは柴田勝家の勇猛さを表している。鬼柴田とも呼ばれた彼の勇猛さはいくつもの戦場で発揮されている。

そして木綿藤吉は当時木下藤吉郎と呼ばれていた羽柴秀吉の事。 木綿のように丈夫で、とてもよく働いたその姿を木綿にたとえられている。

そしてどんじり控えし米五郎左こそが丹羽長秀をたとえた言葉である。これは「 地味だけど、実際は無くてはならない存在である」という意味らしい。

・・・戦国の世でもちょっと地味だとは思われていた丹羽長秀のお話であった。

でも「何かあるなら五郎佐にやらせとけ」と信長は長秀を非常に信頼して色々な仕事を任せていたんだよ!