栗山利安と有岡城2

栗山利安の気がついた事とは、牢の裏手にある溜池。この溜池の周囲は城内も兵を割いていなかったのか、番兵が置かれていなかったのです。利安は夜陰に紛れて池を泳ぎ渡って、牢の裏手までたどり着いた。しかしそこから、進入する事はできない。栗山は牢の中に向かって必死で主の名前を呼んだ。

「…利安か?」

官兵衛は、生きていた。
それから利安は毎晩のように池を渡り、官兵衛が捕らえられてからの国元の様子、 世間の動向などを語り続けました。 官兵衛はこれを聞いて心が慰められたと言います。 やがて両替商により、牢の番人を買収に成功。そして彼らは次の織田軍による攻勢を待ち続けました。

その日、織田軍の接近により予測通り牢の周辺の兵は一人も居なくなっていた。急いで牢に向かい、利安は番人により放置された鉞で牢の鎖を打ち壊し、牢の中に飛び込んだ。主君との感動の再会です。

だが、官兵衛の体は幽閉により痛めつけられており、立つことも出来なくなっていました。利安はこれを無理に立たせ、両替商は牢の中から捕らえられてまだ日の浅い頑強な囚人を選び出しこれを雇い入れて官兵衛を背負わせた。両替商もまた、『これぞ我が家の曉跡なり』と力を尽くして働いたと言われています。

この三人の手により官兵衛はついに有岡城を脱出。 知り合いの百姓の家にかくまわれると、利安は両替商とその百姓に官兵衛の身を堅く 頼んで、有岡城を包囲している織田軍の官兵衛とかねてから昵懇であった部隊の所に 行ってこの事を知らせました。報告を受けた信長はその忠節をことのほか喜んで、食料、衣類などに丁重にするよう直々に沙汰をして、人を数多さし寄越し播州へと送り届けた、 とのことです。

有岡城からの官兵衛の脱出には、栗山利安の叡智、勇気、中心、人脈と様々なものあっての事だったのですね。いつの世も、出来た部下を持つという事は幸運ですね。勿論、官兵衛という理想の上司あってこその働きだったのでしょうが。

黒田官兵衛の救出劇の裏に栗山利安あり、というお話です。