秀吉の天下へと

さて、天王山で明智光秀を討った羽柴秀吉は、急速に力をつけていく事になります。これまでは織田信長の配下の一人でしかなかった秀吉ですが、信長の敵討ちをした人物、という事実はかなりの影響力を持っていたのです。

信長の嫡男、織田信忠はすでに本能寺の戦いの時に父親同じく明智軍相手に奮戦して二条城で籠城した後に、討ち死にしています。この信忠にもとあるエピソードがあるのですが、それは次回またご紹介する事にして…。

信長の息子は三人、この内二男の信雄は養子に出されているので残るは三男信孝ですが、嫡男・信忠には嫡男・三法師がいました。この事が織田家の跡継ぎ論争に面倒な火種を生み出す事になっていくのです…。大体秀吉のせいで

この時官兵衛が何をしてたかはしらない分かっていませんが、頭の回る勘兵衛の事ですから主君秀吉のためにその頭脳をあくどい方向にフルスロットルしていた事でしょう。

しかし跡継ぎは必要ですが、いたらいたで大変なのが戦国時代ですね。特に身内での骨肉の争いなどは見ていて悲しいものがあります。そんな世の中でも家族仲良く頑張ったり力を合わせている兄弟もいる事はいるのですが、そのこともまた別の記事でご紹介しましょう。(これ毎回言ってるな…)