二階崩れの変

さて、豊後の王とも呼ばれたキリシタン大名でも他の面でも色々と有名な大友宗麟のお話をしていきましょう。大友宗麟は大友家の長男であり、父親からその後を受け継ぎましたが平和的に後を継いだ訳ではありません。

父・大友義鑑は宗麟の弟で、大友家の三男を一番可愛がっていました。そして三男に跡を継がせる事を強行しようとしますがもちろん家臣達は大反対。此処に主君と家臣達の争いが始まります。義鑑は反対する家臣達を皆殺しにしようと企みますが、逆に家臣達がこれを察知。反対に切り捨てられた所に駆けつけた宗麟に、父は「お前が大友家を継ぐように」と言い残して絶命してしまいます。これが大友家の「二階崩れの変」と呼ばれています。

ここだけ見るとドラマチックなお話のようですが・・・この二階崩れの変に巻き込まれ、宗麟が最も嫌っていた父親の側室とその息子、幼い異母妹達もみな、儚く命を散らす結果になっています。全て家臣が宗麟の為にやった事であり、宗麟自身にも完璧なアリバイがありますが・・・この話、寧ろどこか「計算通り・・・」という呟きが聞こえてくるのは私だけでしょうか?まぁ戦国時代、跡を継ぐのにも血生臭くなるのはご愛嬌と言う事で。

ここから暫く、この大友家を追いながら歴史を見ていきましょう。では次回で。

 


2014年4月1日 二階崩れの変 はコメントを受け付けていません。 九州