奪い取った家紋

さて奇襲の為に少数で出陣した鍋島直茂でしたが、その後彼を慕う農民や地元民も集まり700余りの軍になりました。そして息をひそめて大友親貞率いる大友軍の今山本陣に迫ります。そこで行なわれているのは明日の大勝を祝っての大宴会でした。

ここで味方の士気を上げる為にか、直茂は家臣らに「この奇襲戦に勝ったならば、あの大友家の家紋を奪って我が家の家紋にしよう」と言ったと言われています。

そして兵を伏した後、翌日の夜明け夜少し前に敵陣に向けて鉄砲を撃ちかけました。これに驚いた大友軍は混乱します。そしてその混乱に乗じて「寝返りが出た!」と虚偽の情報が流されました。浮足立っていた大友軍は大混乱、この情報に踊らされて同士討ちを始めてしまいます。そして直茂は手薄になった本陣に突入すると、見事大賞の大友親貞を討ち取って退却。総大将を失ってしまった大友軍は散り散りになって退却する他をなくなってしまったのでした。あすの勝利を祝っての宴とは一体何であったのか・・・。

この時の大友軍の被害は甚大で、2000にも及ぶものであったと言われています。何より総大将を撃ち取られてしまった事が大きかったのでしょう。

その後鍋島直茂は家紋を持ち帰った大友の家紋に変え、龍造寺家でも有力家臣になっていくのです。