池島川での一騎打ち

3000人の兵を率いて島津義弘の城を襲った伊東兵。二手に分かれ一方は兵が50人しかいない義弘の妻子が籠る加久藤城を狙うも、夜の闇になれていなかったのかご自慢の青年部隊が若すぎて不慣れだったのかはたまた事前情報が良く伝わって無かったのか、間違えて別の屋敷を攻撃。手痛い反撃を食らった上に無駄な時間を浪費、挙げ句に断崖すぎて上手く進めない間に弓矢鉄砲(があったかどうかは知らないが)で会釈をされて被害甚大になって敗走。頼りの相良兵は義弘の立ててあった旗に敵援軍が来たと勘違いして帰ってしまった。こんなグダグダな戦いをしつつ、別働隊大将の伊東祐信は池島川まで下がって休息を取っていました。

ここで兵の多さが災いしたのかどうかは知らないが、油断と蒸し暑さで川で水浴びをする者達が沢山いたと言われています。さてそれを予め放っておいた斥候から聞いた義弘はすぐさま出陣。自ら斬り込んでいって沢山の武士を討ち取りました。ここで大将の祐信は義弘に一騎打ちを申し込みますが、今一歩と言う所で義弘の馬が槍の穂先を交わして討ち取りそこね、逆に敗北してしまいました。この一騎打ちの相手は柚木崎正家と言う説もあります。

さて義弘はここで一度引き、ほうほうの体になった別動隊は本体と合流して決戦へと向かいます。


2014年4月3日 池島川での一騎打ち はコメントを受け付けていません。 九州