激突!毛利VS大友!

1559年。北九州勢力の独立支援を大義名分に抱えた毛利家と、北九州の統治を狙う大友家の戦いが開幕します。毛利家は先手必勝とばかりに最前線・関門海峡に築かれた城である門司城を占拠。毛利元就との密約により毛利家は九州には攻めてこないだろうと思っていた大友宗麟は完全に出鼻をくじかれてしまいました。

元就「約束は破るためにあんねん」

正に毛利元就。しかし大友宗麟も負けてばかりではありません。大軍を率いて自ら軍を指揮し、門司城奪還へと向かいます。ですが潰事情で待ってたのは毛利の勇将達を率いる毛利家三本の矢の一矢、小早川隆景。皿に毛利家自慢の村上水軍の攻勢により敗退。門司城の奪還は失敗に終わり、大友軍は退却に追い込まれます。

その上追いうちをかけるように小早川隆景は水軍を率いて大友家の退却路に先回りして襲撃!この戦いで大友軍は思わぬ大被害を受ける羽目になりました。この戦いは「門司合戦」と呼ばれています。

敗北が酷く応えたのか、はたまた何かあったのかこの戦いの後、宗麟は出家します。この時から大友義鎮から名を変えて、有名である大友宗麟へと改名するんですね。この時彼の部下である超有名武将である戸次鑑連も、立花道雪と名を改めています。

勿論大友宗麟という名は僧名ですので、キリシタン大名としてだと宗教チャンポンになるのでキリシタン大名大友ドン不龍獅子虎(フランシスコ)と呼ぶ方が正しいんですよね。戦国豆知識。因みに当て字ではなく正式に不龍獅子虎です。すごいなまえ。