龍造寺家家督相続

さて主君少弐家より一族をことごとく誅殺された龍造寺家。その跡目を最終的に継ぐ事になったのは龍造寺家兼の曾孫とも孫とも言われる龍造寺隆信になります。父親達の誅殺時に一人出家していたので難を逃れた隆信は、家兼に連れられて筑後に亡命していました。その後、家兼は馬場頼周を討ち龍造寺家を再興。ですが既に92歳だった家兼、ここで残念な事にもその命は尽きてしまいます。その際に遺言として、隆信に跡目を継がせるようにと言い残してありました。

ここで水ヶ江龍造寺の後を継いだ龍造寺隆信。その後は本家当主である龍造寺胤栄に従って主君である少弐家を攻め、龍造寺家を更に発展させていくのですが・・・龍造寺胤英もまた早くに病死してしまいます。何とか本家の血筋を守ろうとした家臣団により隆信は本家の跡継ぎとなり、胤栄の未亡人と結婚します。ですが夫を亡くして落ち込む未亡人は若い隆信と思いを通じる事無く、家臣団も本家筋ではない隆信に対して侮った態度を取る事になります。

その後は大内家の後ろ盾により何とか家臣達をまとめるも、大内家の崩壊により隆信は追放。その後再び舞い戻ってきた隆信は肥前を奪還し、今度は主家に当たる少弐家を討ち滅ぼして肥前の地にて独立を果たします。

そして肥前の熊と呼ばれた龍造寺隆信は、大友家と対立をしていくのです。