鹿之助と狼ノ介の一騎討ち・3

狼ノ介、品川大膳は強力の持ち主だと言う事は尼子家でも有名です。武器を捨てて組手にて力でねじ伏せようと言うのでしょう。しかし相手は尼子家の勇将山中鹿之助、これを受けながらもしっかりと対策は考えてあります。だてにドMとか言われてない

組み手にて決着をつけると決まった二人は馬を降ります。が、そこで素早く狼ノ介は鹿之助に飛びついて力任せに投げつけ上に乗りました。

「勝ったぞ!鹿之助、覚悟!」

「愚かなり狼ノ介!喰らえ!」

下になった鹿之助、すかさず隠し持っていた脇差を抜いて狼ノ介の腿を貫きました。突如襲った痛みに狼ノ介はひるみます。その隙を逃さず態勢を変えた鹿之助、見事狼ノ介の首を取ったのでした。

この話は後続にいた毛利本隊まで届いてしまい、

「我ら援軍も待たずに無様な一騎討ちを仕出かしおって。士気が下がるわ!」

と、本体は進軍をいったん留めてしまい、あわれ狼ノ介のいた益田隊はこの日の戦に大敗したとの話です。

そんな鹿之助と狼ノ介の一騎打ちにおける話ですが、最初にも書きました通りこの記述は尼子側のもの。毛利側の記述では「果敢にも一騎打ちを挑んだ狼ノ介に卑怯にも秋上が矢を射かけて邪魔をしたので、狼ノ介は奮戦したが敗れてしまった」となっています。

こんな風に一つの戦を二つの面から見る事が出来るのは中々面白いものがありますね。とりあえずこの戦で、山中鹿之助の名は大きく広まる事になったのでした。

鹿之助と狼ノ介の一騎討ち・2

狼ノ介は秋上伊織介の非難を無視します。ここは戦場、勝ちさえすればよいのです(あながち間違ってはいない)。そして二の矢をつがえて鹿之助を撃とうとした瞬間、狼ノ介の持っていた弓の弦が切れました。とっさの事に狼ノ介は我が目を疑いますが、それを見た尼子の兵達は狼ノ介を笑って囃し立て始めます。

「愚か者め!山中鹿之助の片腕、尼子十勇士が一人・秋上伊織介は『養由(中国の伝説的射手)の再来』とまで呼ばれる弓の達人!そのような事も知らずして鹿之助と立ち会おうとは身の程知らずにも程があるわ!」

なんと伊織介の討った矢が狼ノ介の弓の弦を見事射ぬき、立ち切っていたのです。

「ふん!ならばそちらの要望通り槍で勝負をつけてやろう!」

いきなり鼻っ柱を折られながらも狼ノ介は諦めない。虚勢を張りながら自らも川へ馬を進めます。こうして鹿之助と狼ノ介は川の中で槍を討ちあい、一騎討ちを始めました。しかし猛将として名高い鹿之助、その槍の腕前は凄まじく、繰り出されていく妙技の数々にいつの間にか狼ノ介は防戦一方となっていきました。

「待った!これでは勝負がつかん。馬を降り、組打ちにて勝負しようではないか!」

ここで狼ノ介、再び戦い方を変えて戦おうと言い始めました。

 

鹿之助と狼ノ介の一騎討ち・1

毛利軍と尼子軍の戦いの中起こった、山中幸盛と品川大膳の一騎討ちについて「尼子方の記録」から掻い摘みつつ説明をしていきましょう。ここでまず気をつけたいのが、山中幸盛という人物はあの尼子家再興を願ってゲリラ活動を続けた山中鹿之助です。

さてこの山中幸盛こと山中鹿之助という名前で有名な男、毛利軍を討つべく広瀬川を挟んで毛利軍と対峙していました。この毛利軍の中にいたのが品川大膳。彼は軍功を上げるべく、尼子軍の勇将である山中鹿之助を討ち果たそうと思っていました。そこで大膳は名を棫木狼之介勝盛(たらぎおおかみのすけかつもり)と改めて山中鹿之助幸盛と対峙しました。

これには理由があります。春先に鹿がたらの芽を食べると角が抜け落ちると言う話があり、そして鹿を喰らうために、幸盛に勝つ盛と中々ベタな考え抜いた名前で山中鹿之助と一騎討ちを所望しました。

一騎討ちを挑まれた鹿之助、これを打ち破らんと川に馬を乗り入れました。するとなんと狼ノ介は鹿之助に矢を射かけてきたのです。

「一騎討ちは槍合わせか太刀打ちで勝負と相場が決まっておる!卑怯ではないか!」

鹿之助の配下であり、十人以上いる事で有名な尼子十勇士の一人、秋上伊織介は狼ノ介を非難しましたが、狼ノ介はこれを聞き入れませんでした。