鬼武蔵と最期の遺言状

いい加減長くなりすぎている鬼武蔵こと森長可の逸話。最後はその残された遺言状について少し触れてみましょう。残されている彼の遺言状について抜粋すると、このような事が書かれています。

 

「残した茶器はいい奴は秀吉殿に上げて下さい。いらないのは弟に上げてね」

「もし私が討ち死にしたら、母上は秀吉殿に面倒見て貰って下さいな」

「忠政は今のまま、秀吉殿に仕えるように。絶対に私の後を継がせないで下さい」

「娘は町人に嫁がせて下さい。医師なんかに嫁がせて欲しいです」

「繰り返すけど忠政に兼山で跡を継がせるのは嫌にて候(太字原文まま)」

追伸・もし百万分の一にでも負けちゃったら皆で火に飛び込んで死んでくださいね!

 

最初から最後まで色々と突っ込みどころが多い、森長可こと鬼武蔵の最期の遺言状である。そもそもわざわざ百万分の一とか自分で言うのか?とか色々あるが、どれだけ弟が自分の跡を継ぐのが嫌だったんだとか本当に色々言いたくなるがそれは我慢しよう。

そしてこれを読んだ秀吉、涙を流した後に弟の忠政を兼山城主を継ぐように申し渡しましたとさ。遺言守られてないよね、そう思わせる鬼武蔵最後の逸話でした。

しかし彼の逸話を見る限り、この人が長生きしていたら歴史が大きく変わっていたんじゃないかと思わせる人間?ですね。

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鬼武蔵の馬

さて何度も名前を出し過ぎるあまり官兵衛の逸話が影薄くなりそうなほど影の濃い鬼武蔵こと森長可。彼には戦国武将なら必ずいても不思議はない愛馬と言うものが存在しました。その馬の名前は「百段」。いくつもの名馬が出てくる戦国の世において主と同じく強烈な印象を放つ馬です。因みにこの名前は石段を百段も一気に駆け上がる事からついた名前です。

さて小牧長久手で長可は徳川軍に眉間を狙撃され討死。この時も当然ながら長可は百段に跨って戦場に出ていました。眉間を撃ち抜かれて倒れた鬼武蔵の首を取らんと兵士達が殺到します。だがこの時その首を守らんと戦ったのは他の誰でもない百段その人、いや、その馬自身でした。彼は身体に二カ所もの槍傷を追いながらも、長可の部下達がその遺体を回収するまで守り抜き、それを見届けると堂々とした立ち振る舞いで羽柴軍の陣内へと帰還したと言われています。

これだけで凄まじい活躍の百段ですが、この百段はもう一度記録にその名を残しています。

それはこの戦いの三十年後の大阪の陣。長可の弟である忠政を乗せて戦場をかけ回り、主と共に首206を上げる大活躍を見せつけた、と残っています。その後、百段は老衰で亡くなったが、忠政は祠を築いてその死を丁重に弔ったとされています。

おそらく同じ名前の別の馬では、とも思いますがあの鬼武蔵の馬ならやりかねない、とも思ってしまう逸話ですね。

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鬼武蔵と神様の使い4

さて、前回から神殺しだけでは飽き足らず神喰いまでやらかした鬼武蔵こと森長可。その彼の小牧長久手の戦いの前哨戦である羽黒の戦いの前に今回は起こった逸話である。(羽黒の戦いに詳しくして欲しい人は別の記事を読んでね!あんまり詳しく書いてないけど)

ともあれこの時、長可は羽黒の八幡宮の林に陣を敷いていた。するとこの時、内拝殿の脇から大きなカラス蛇が出てきた。これを見た八幡宮の神主は大喜びをして長可に伝えた。

「この御姿こそ八幡宮の神霊ですぞ!これはなんという吉兆でしょうか!この戦の勝利は間違いありませんな!」

だが長可これを聞くなりその蛇を捕まえて曰く、

「何が八幡の神霊ぞ!この俺が八幡に勝利など頼ろうものか!」

と叫んで蛇を口から真っ二つに引き裂き、神主に投げつけた。そして恐れおののく神主を前に満足げに今日の門出は良いぞ!と言ったとされている。

この後に起こった羽黒の戦いでは長可は徳川の奇襲を受け壊滅状態に追い込まれただけでなく、貴重な部下を何名も失う事態に追い込まれました。要するに前回と合わせて神の使いを二度殺しています。その前と合わせれば三度。

そりゃ八百万の神様も小牧長久手で早く現世から退場願うわな、と思わせる森長可の逸話でした。

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鬼武蔵と神様の使い3

さて、自領内に出てきたちゃんとお金を払って酒を買っていた神様を殺害しちゃった鬼武蔵こと森長可。時代は動いて彼にとっても別の人達にとっても運命の戦、小牧長久手の戦いの事である。その合戦より少し前のお話。

長可が陣を引いたのは小牧山の東南にある二ノ宮神社であった。だがそこの神社の神主が出てきて神主はこう言った。

「昔より我が神社の神は穢れを忌み嫌うので参拝するには精進潔斎を行なわねばなりません。ましてこのように人馬を押し込み神域を踏み荒らすのは神の気持ちを計り難く存じます。早々に陣場を替えて下さるようお願い申し上げます」

だがこれを聞いて驚く鬼武蔵ではない。彼は神主を罵り、神社に押し入ろうとした。神を神とも思わぬ所業に神主も恐れおののく。そして神前に向かって祈りを捧げた。すると何と何処からともなく巨大な大蛇が姿を現した。正にその神々しい姿こそその神社の神の化身である。流石の鬼武蔵もその姿に 驚かなかった。

もっと恐ろしい存在である鬼武蔵こと森長可。彼はその神の化身を捕まえて殺害しただけでは飽き足らず、その大蛇をその場にて捌き、生で食った。神殺しだけでなく神食いである。ゴットイーター此処にあり。

そもそも蛇は生食に適していない気がするが、それ以前の問題の森長可の逸話である。

 

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鬼武蔵と神様の使い2

さて前回の続きです。とある街道の側の酒屋に神の化身が酒を買いに出た事により、とある淵の側の街道は「化け物が出る」という噂が立ってしまい、人の行き交いをなくしすっかり寂れてしまいました。その領地の領主である森長可はこの事を聞き悩みました。

いいえ、悩みませんでした。何故なら彼は鬼武蔵です。彼の答えは簡単でした。

鬼武蔵「殺せ」

おっそろしい判断ですが、鬼武蔵だから仕方ない

彼の家臣達により「恵土の華」の入った酒壷をエサにスッポンがおびき寄せられました。すると現れたのは見た事もないほど巨大なスッポンです。本来ならここで恐れおののくでしょうが、彼らは鬼武蔵の部下、神様より怖いものを知っている者達です。このスッポンに襲いかかり、その首めがけて刀を突き立てます。苦痛に呻きながらスッポンは淵へと沈み、それ以後、淵の水は血で真っ赤に染まりました。その後スッポンが退治され、街道は賑わいを取り戻しましたとさ。

鬼武蔵「これにて一件落着!」

そしてこの後、血で染まった淵は彼の名を取り武蔵が淵という血生臭い名で呼ばれるようになりましたとさ。めでたしめでたし。

鬼武蔵、ちゃんとお金を払って買い物に来ていた神様を殺害する、という昔話です。

 

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鬼武蔵と神様の使い1

さて今回からは鬼武蔵と神様の使いの話をいくつかご紹介。この話、後半はちゃんと小牧長久手の戦いに繋がっていきますのでご安心ください。まず最初はいつごろのお話なのかは分かっていませんが、とあるむかーしむかしのお話です。

美濃の可児川の近くに酒屋さんがありました。ここで造られている「恵土の華」というお酒は遠くまで評判の良い美味しいお酒でした。そんなある日、身なりの大変立派な若い侍が酒を買いに現れました。が、出された徳利は安物で支払いの銭は不思議と赤錆びた銭でした。その日からこの侍、毎日のように酒を買いに訪れました。だが不思議な事に毎回違う安物徳利を持って現れました。

ある日差し出された徳利が泥で汚れていました。店主はこの徳利を洗ってやると、何故か徳利の底まで泥が詰まっていました。店主はこれを不思議に思い、酒を売った後この若侍の後を付ける事にしました。

後をつけていくとなぜかこの侍、突然森の中に姿を消します。急いで追いかけると深い淵の所でその姿を見失いました。しかし聞こえたのは大きな音。見ると巨大なスッポンが淵の底へと泳いでいくではありませんか。そう、若侍の正体は巨大なスッポンだったのです。

その淵には昔から龍神様を祭る祠があり、徳利はお神酒をささげる為のもの。赤錆びた銭はお賽銭だったという訳ですね。正体がばれてしまったせいか若侍は二度と酒を買いに来なくなかったのですが、化け物の噂が広まってしまってその街道は寂れてしまいました。

そしてここは美濃。鬼武蔵のお膝元です。

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鬼武蔵の本能寺後5

さて前回の続きより。自分に反旗を翻した悪五郎に弟・仙千代を人質に出して和睦し、その後悪五郎を見事騙して呼び出し暗殺させた森長可こと鬼武蔵。長可らは城主が死んだ久々利城に間髪置かずに攻め込んだ。久々利城は城主が暗殺された事にも、和睦を申し込んできて弟を人質に差し出してきた長可が攻め込んできた事にもパニックを起こしていた。こんな状態で人間が冷静になれる訳がない。そしてそんな状態で対峙するのは鬼である。

長可は見事久々利城を制圧した。さてここで気になる事が一つあるだろう。それは人質に出された長可の弟・仙千代である。彼は無事だったのか。結論から言うと「本人は」無事だった。ではなぜ無事だったのが「本人」なのか。

それはこの仙千代、全くの偽物であったからである。信頼も何もあったもんじゃない。

その後、城内には沢山の金銀財宝が貯め込まれていたそうだが、これらは全て森長可によっておいしく頂かれた。鬼武蔵の鬼振りが覗ける逸話と話である。

もちろんこの後金山城下でも長可の部下により町民達はヤクザ紛いの略奪や強盗の限りを尽くされたそうである。金も命も置いていけ状態だ。鬼って怖いという見本である。

というかおまえらぶっちゃけ鬼より酷い。

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鬼武蔵の本能寺後4

前回より続き。

そんなこんなで鬼武蔵こと森長可に招かれて金山に訪れてしまった土佐三河守悪五郎。字面だけ見ると物凄く似たり寄ったりな気がしますね本当に。

ともあれ招かれた悪五郎は長可に丁重にもてなされた。鹿の汁物など色々な物を出してもてなされたという。そのもてなしは夕方近くまで続いた。豪勢なもてなしを受けた悪五郎は上機嫌で帰りの道を進んでいく。そんな悪五郎の前に一人の男が現れた。

「待っていたぞ土佐三河守悪五郎!我こそは貴様に殺された斎藤大納言が嫡孫、加木屋宇右衛門正則である!」

「な、何だと!?」

ここ、金山は昔は鳥峰城という名前であった。そして鳥峰城の主斎藤第納言は二十五年前に花見の席と偽って、とある男の呼び出しを受けて暗殺された。その呼び出した男こそ、土佐三河守悪五郎である。こうして加木屋は悪五郎を見事討ち果たし宿願を叶えた。ここだけ見るととても良い話である。

もちろんこの加木屋を招き入れていたのはご存知鬼武蔵である。加木屋の宿願をお膳立てしたと言えば聞こえはいいが、本人は自分にとって邪魔な悪五郎を始末してもらった方である。

そしてこの話はまだまだ続きがある。鬼武蔵の呼び名は伊達ではないのである。

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鬼武蔵の本能寺後3

さて、本能寺が起こった事により人質を取って何とか信濃から脱出を果たした森長可の部隊ですが、戻ってみたら待っていたのは反逆の嵐でした。まあ美濃だから仕方ないですね!そんな鬼武蔵の本能寺後のエピソードも佳境です。さて信濃から脱出した森長可。たどり着いた美濃金山で待っていたのは周辺諸将の反逆という名の嵐でした。

さて今回のもう一人の中心人物である久々利城主、土岐三河守悪五郎も長可へ反逆を起こした一人である。もちろん自分に反抗するなら味方であろうがあっさり切り捨てる長可。鬼の名前は伊達ではない。とっとと悪五郎を斬殺する気満々である。が、問題があった。

信濃から逃げる際に長可の隊は強行軍を重ねている。その上先ほどの東信濃の戦いが起こっており疲れていた。ここで長可は策を練る。武術に優れて策も練れる鬼とか何それ怖い。

ともあれ長可、後の森忠政となる弟の千千代を悪五郎に人質として出し、和睦を結ぶ事に成功した。そしてその後「飛騨を攻めようと思っているのだが同行して頂けないだろうか?了承して頂けるなら戦の評定の為に金山までいらして欲しい」。そんな内容の手紙であった。

悪五郎はこれを信用して金山に赴く。なぜなら長可は弟を人質に出している。普通の人間ならば信用するだろう。悪五郎は忘れている事が一つあった。

相手は人間でなく、鬼であるという事である。

 

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鬼武蔵の本能寺後2

さて、弟の葬儀の最中に味方の城を攻め落として領地を奪った鬼武蔵こと森長可。彼は本能寺後いきなりこんな事をやらかした訳でもありません。信濃を治めていた彼もまた、信長の死後その信濃を追われて命からがら自領に引き返す事に成功したのです。そんな森長可の本能寺後、信濃での長可のお話。

鬼武蔵こと森長可が信濃から本拠地・美濃に撤退すると言う話を聞いた苗木城主・遠山友忠は親交のある木曽義昌に謀を持ちかけた。その計画は念入りなもので、まず義昌が木曽福島城で暗殺をしかけて、これに失敗したら美濃衆が襲撃するという二段構えのものであった。必ずや鬼武蔵を討ち取るという執念を感じられる。もちろんこの策に東美濃の諸将は大賛成。だが翌日、この計画はいきなり綻びる。

「こんにちわ木曽殿」

鬼武蔵の名は伊達ではない。事前に察知したのか長可により城内へ強引に押し入られたのである。そこに長可の部下が何故か義昌の子を無理やり連れてきた。この子を見て鬼曰くじゃなかった長可曰く、

「なんと利発そうな子でしょうか!今日からこの子を私の養子とさせて頂きましょう!」

連れ去った。あっという間に連れ去った。誘拐犯もびっくりの手並みであった。

この後、義昌は急いで諸将に連絡、鬼武蔵暗殺計画はご破算となった。

この話で唯一いい所は、この時人質にされた息子は無事に親元へ帰されたという点である。(要するに過去返して貰えなかった人質も存在する)

そしてこの後、舞台は東美濃制圧戦へと動いていくのである・・・。

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