栗山利安と有岡城1

さて、今回は少し名前が出てきている黒田家筆頭家老、栗山利安のお話をしましょう。

栗山利安は15の時に黒田官兵衛に仕官して以来、生涯挙げた首級は57にものぼる武将でありながら何かと問題が起こればすぐに飛んできて解決する黒田家きってのスーパー世話人で黒田武士が殿の次に慕っていたであろう人物です。(たぶんきっとそう)

彼の功績をいちいち箇条書きにしていると面白くないので、官兵衛が荒木村重により有岡城に捕らえられた時のお話。

官兵衛を捕らえた村重は単身有岡城より脱出した事は以前にも書きましたが、これに城内には厭戦気分が広がり、織田方に内通するものまで現れ始めました。その有様は酷いものでそ手引きにより城下の町屋にまで攻め込まれるほど。そのため有岡城では多くの者が防衛に追われ、官兵衛が捕らえられている牢の番人の多くもそちらに赴き、監視は極端に薄くなったのです。少し考えるとこの時官兵衛は救出されているんじゃないか?と思われますが、捕らえられて1年にもなる官兵衛が生きているとは思わず、誰も官兵衛を探そうとしなかったのです。
彼を探しもしなかった。官兵衛は、敵から処か味方からもその存在を放置されていました。酷過ぎ

だが一人いました。黒田家家臣・栗山備後利安です。

彼は官兵衛に取り立ててもらった恩を忘れず、この織田軍の攻勢の間に混乱の中にある
有岡城に密かに忍び入り官兵衛を探し始めました。そして官兵衛のいると思われる牢の傍まで近寄ったものの、織田の攻勢が治まると牢の監視は再び厳しくなり近付く事が困難になって来ました。この時利安は有岡に居た知り合いの両替商を頼り、その家に潜んでいたそうです。

昼は身を潜め、夜になるとこの両替商と共に牢の傍まで忍び混むも、り監視が多くとても近寄る事ができない。だが利安は、ある日ある事に気がついた。

 

荒木村重。それってどうよ?

さて信長に反旗を翻した荒木村重ですが、その後どうなったのか。

如何なる事情かは知りませんが(理由は諸説ありますが)、信長に謀反を起こした荒木村重。しかし部下の高山右近らは戦が始まるや否やすぐさま信長に寝返った上に、主力として戦う予定の村上水軍は織田家渾身の鉄甲船にボッコボコにされるというこの先嫌な予感しかしない余り幸先の良くないスタートで謀反は始まります。

その後、何故か村重はわずかな手勢と共に有岡城から逃亡。理由についてはこれまた不明ですが、籠城戦の最中に大将だけで逃げるとは何があったのか…。その後、一年ほどで有岡城は降伏。残っていた家臣達も信長との約定を破って逃げ出したので、荒木村重の一族郎党は処刑される事になりました。しかし当の本人や彼の息子は生きていて、なんか…もう…

その後彼もまた毛利領地に落ちのび、村重という名を捨てて僧になりました。

その後、彼は信長の死後は堺に行き、商人の娘と結婚して今度は茶の道などに人生を見出したようです。千利休とも交流があり、利休七哲の一人に数えられています。彼の人生には、いったい何があったのでしょうね。

さて、タイトルの意味ですが…彼の名前は僧になった後「道糞」となりました。自分で道端の糞を自嘲して名乗っていたそうですが、本当に何があったのか…。

それについては彼にしか分かりません。人生というものは、本人にしか分からないものですね。

荒木村重

これからの官兵衛の事を解説する前に、荒木村重という人物を紹介します。

荒木村重は元は池田城城主、池田勝正の家臣でした。ですが後に主君を追放し、池田家の実質を握って当時敵対していた三好三人衆と手を結びます。そして織田信長率いる織田家と対立していきます。

ですが歴史は動く、1573年、今度は三好方を見限ったのか、村重は信長に接近。今日に上洛してきた信長に謁見します。当時、信長の周囲は敵だらけでした。なのでその一方である村重率いる摂津方面を平定できるのかどうかは、重要な意味を持っていました。

村重は翌年、伊丹城城主となり城名を有岡城と改め、更に摂津の豪族達を次々と平定していきました。その上で信長に従って石山合戦などにも参加して武功を次々に上げています。信長にとっても荒木村重という人物は貴重な存在であり、頼れる家臣の一人だったのでしょう。

当時の荒木村重の石高はなんと35万石。織田家でもこれほどの所領を拝領していた武将はあまりいません。信長が村重を信頼していたのが分かりますね。しかしその後、誰も予想していなかった事態が起こります。

荒木村重謀反。

1578年、突如荒木村重は信長に謀反を起こします。この事態に信長は驚き、中々事実を信じられなかったとされています。この際に村重の長男と結婚していた明智光秀の娘は、光秀に遠慮して村重が離縁して親元に帰されています。理由分かりませんが、荒木村重も覚悟の上の事だったのでしょうか。

そこに我らが黒田官兵衛が空気を読めずに説得に向かいます。さて、どうなってしまうのか。