「そうだ、切腹しよう」

さて、今回も残念ながら我らが官兵衛の出番はありません。(きっぱり)

今回は戦国天下人3トップメンツ(かどうかは知らんが)の一人、徳川家康が本能寺の時どんな状態だったかのお話です。

この時、家康は信長に招かれて京都観光中でした。そんな中突然起こった本能寺の変。次なる標的は信長の同盟相手家康であろうと情報が飛び込むが、この時家康はろくな戦闘準備もできてない有様でした。

家康「そうだ、切腹しよう」

諦めが早すぎるぞ後の天下人。とはいえこの時家康は絶望的な事態の中にあり、とても生きて三河まで帰れる状態にはありませんでした。ですが配下武将達が必死に止め、その後家康は有名な神君伊賀越えにて無事に三河まで帰り着きました。

処で家康には幼少期からの付き合いの武将、鳥居元忠がいます。彼は家康の京都散策に着いて来ていましたが途中で病により供から外れていました。本能寺を知った元忠は仰天。家康の安否は絶望的、自分は病により駆けつけられない。元忠は考えました。

元忠「そうだ、切腹しよう」

流石幼馴染というべきか、判断がそっくりです。元忠からすれば死してなおお供せん、という意気込みだったのでしょうが周りに止められ、その後無事に家康と合流でき、二人は互いの無事を喜びました。

この鳥居元忠、家康の側近として色々な活躍をした武将だけでなく、かの有名な関ヶ原にて華々しい最期を遂げているのですが、それはまた別のお話で。