とある若武者の松

今回は一人の兵の若武者であった頃とその最期のお話です。

 

今は昔。尾張の国に初陣を迎える若武者がいた。彼はこの時城の裏手に一本の松を植え、祈りを捧げた。そして一つの歌を詠んだ。

「初陣に松一本を手植えして死なば墓場のしるしとやせん」

彼はこの戦では死なずに、その後もいくつもの戦で名を上げる。そして主君の元で天下布武を掲げる一人の兵として働き、筆頭家老となり名を残す。その後主君を失い、嘗ての同僚に敗れて夫人と共に自害をした。

夫人は

「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜に 別れを誘う ほととぎすかな」

と詠み、彼は

「夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ ほととぎす」

と返した。

夫人の言う夏の世とは何だったのか。二度目の政略結婚であった彼女にとって夏の盛りとは、何だったのか。彼と夫人は夫婦であったのだろうか。心を通じ合えていたのだろうか。夫人はもしかしたら共に彼と死ぬ事で、己の愛情をやっと伝えられたのかもしれない。

そして彼らに、傍らにいた人物が返歌を返した。

「おもうどち 打つれつつも 行道の しるべやしでの 山ほととぎす」

私はこう思うのです。今からのお二人の行く先はきっと、ほととぎすが道しるべとなってくれるのではないでしょうか。

 

これはあくまで、私の自己解釈を踏まえて書いています。