山中鹿之助の真意

さて山中鹿之助と言う人物について少し思う事などありますので、語ってみたいと思います。

山中鹿之助と言う人物は非常に評価の分かれる武将でもあります。彼は尼子家の再興として寺にて隠遁していた尼子勝久を担ぎ出し、最終的に死なせてしまった武将です。戦の勝者敗者はその時代を生きている者たちには想像がつかないものですから、そのお家再興が上手くいったいかなかったという事は彼の責任ではないでしょう。世の中には時として運命であるような時代の動きも多々あるものです。

ですが山中鹿之助と言う人物が時として評価されにくいものとしては、彼が担ぎ出した主君である尼子勝久自刃の際に追腹を切らなかった、というものが良く言われています。勝久に殉じなかったのは鹿之助だけではありませんが、勝久自刃の際に神西元通は追腹を切っています。では山中鹿之助はなぜ主君に殉じなかったのか?尼子勝久と言う人物はただの御輿であったのか。

私が考えるに、山中鹿之助は最後まで尼子家再興を諦めていなかったのではないでしょうか?もちろん悲願と言う事もありますが、自分が擁立した事で若くして自害する運命になった勝久。彼の死を無駄にしないためにも、最後まで尼子家の再興を諦めていなかったのではないかと思っています。ここでもし尼子の再興が実現されれば、きっとその中に尼子勝久の名が残ると思っていたのでは・・・と思います。まぁただのロマンですね。

拙い語りで申し訳ありませんが、皆さんも歴史の一ページを想像し、考察してみてはいかがでしょうか。