毛利家三本の矢の一本2

さて前回からの続きですが、嫡男亡き後の毛利家では父親弟二人娘婿とフル活動でその仕事を分担して行っていました。少しばかり歴史に詳しい人ならば毛利元就の名前があるんだから大丈夫だろうと思うかもしれません。そして凄く歴史に詳しい人ならばこの後の毛利家の顛末を知っているかもしれません。

戦には兵士が必要です。まずこれが集まりませんでした。

調略は上手くいっても、その後の保証交渉で詰まりました。

援軍を頼むも、渋い顔をされて兵の出し惜しみをしてきます。

とどめのように戦をするための資金繰りが全くうまくいきませんでした。毛利元就の名前を出しても、商人達は資金も兵糧も貸し出してくれませんでした。

毛利隆元が死んだ。これだけで毛利家は世間に対する『信頼』をこれでもかという程失ってしまったのです。その嫡男もちゃんといるのに。毛利元就は生きているのに・・・。

その後、死に物狂いで何とかしたようですがすっかり元就は意気消沈してしまったらしく、残された息子達にも「毛利の天下は諦めろ。領地もあれだったら減らしてかまわないから」と弱気な言葉を残しています。そして「隆元が生きてた時は心強かった・・・」と手紙で何度も愚痴っています。この事もあり、毛利方は北九州への侵攻を一時取りやめるほかなかったんですね。

毛利隆元は目立たず、一見地味だが無くてはならない。そんな扇の要のような人物だったようです。