犬山城調略の裏話2

さて、日置才蔵が向かった先は犬山の町です。そして町人達が連歌の会を催す会合に顔を出してこう言いました。

「この度、信雄様と秀吉様が一戦に及ぶことになった。秀吉様はその軍勢30万で既に大阪を出発しており、美濃に侵攻し犬山に討ちに出てくるだろう。そうすればこの犬山は尽く放火され、人々は皆殺しとなり、全ての者が家を失い身を滅ぼすであろう。恒興様はその事を知りって縁深い犬山がその様な目に合うのは気の毒だと考えて、私にそれを知らせるため派遣されたのだ」

これを聞いた町人達はびっくり。

「何ということか!どうかその様にならないように、恒興様に申し上げては頂けませんか!?」

「分かった。そのように申すのならば手がない訳ではない。お前達は恒興様に従う事をここに誓うのだ。誓った者には褒美としてこれを与えよう。」

と才蔵、懐より金子を取り出した。それを見た町人達は大喜びで金子を受取り恒興に従う事を誓う。だが才蔵内心では、してやったり!と叫ぶ。

「が、恒興様にこの事を申し上げるにも目に見える証拠が必要である。従う気持ちを形で表すため、お前たち全員人質を出せ。」

既に金子を受け取ってしまった以上、町人達もこれを断ることは出来ません。仕方なく人質を出し、才蔵はこれを大垣の恒興の元にに連れ帰りました。これが3月12日のこと。

そして翌13日に家康が清須に到着。27日には秀吉が犬山城に入り、合戦は羽黒の戦いへと続いていきます。

池田恒興の見事な調略により、犬山城は後に落城したのでした。しかしこの恒興、嘗ては信長の乳兄弟であり織田家の重臣です。彼がなぜ織田方から羽柴方についたのか、次回はその逸話をご紹介しましょう。


2014年3月7日 犬山城調略の裏話2 はコメントを受け付けていません。 新着