謀聖

今回の大河ドラマは官兵衛最大の山場でもあるので、とても話が盛り上がってましたね。この絶体絶命の佳境の中、官兵衛は一体どうなってしまうのか!?(知っている人は知っている)

さて、前回も言いました通り少し尼子家について触れていきたいと思います。秀吉の九州出兵は今少しお待ち下さい。いずれ書いていきたいと思いますので。

尼子家を語るならば外せない人物、今回の題でもある「謀聖」と呼ばれた人物・尼子経久。山中鹿之助が仕えていた尼子勝久の曽祖父になる人物です。尼子家はこの経久の代で大きく戦国の世に躍進していく事になるのです。

そんな尼子経久がどのような人物であったか簡単に触りだけ申し上げますと、文武両道に優れた人物であり、何と浪人の身から11カ国を支配するまでになった下克上の先駆けの人物でもあります。謀聖の名の通り中国地方三大謀将に数えられる人物で、様々な謀略に優れた逸話を残しながらも「無欲で正直な人物」であるともされている人物です。

謀聖と呼ばれているのはその人柄と、謀略に長けた人物である二つの面を評した呼び名なんかも知れません。山中鹿之助や尼子勝久のみならず、この経久や尼子家についても次回から触れていきますので楽しみにしていて下さい!