賤ヶ岳の七?本槍

さて賤ヶ岳の話は前回終わりましたが、今回はそんな賤ヶ岳の戦いで名を成したと言われる賤ヶ岳の七本槍についてご紹介します。メンバーは

福島正則・加藤清正・加藤嘉明・脇坂安治・平野永泰・糟屋武則・片桐且元

の七名で、共に賤ヶ岳で大いに活躍した武将といわれていますが、他にも賤ヶ岳の戦いで名前を上げた武将は多く(大谷吉継など)、実際には七人どころか十四人ほどいたとも言われています。なのでこの名前、秀吉が配下を宣伝するためにやった誇張表現とも言われているんですね。現に福島正則や加藤清正はこう呼ばれる事を非常に嫌っていたそうです。

この二名は両名とも秀吉の血縁関係者でもあり、その後の俸禄でも他の武将とは大分扱いが違ったようですから、七本槍、と呼んで一括りにしてしまうのは言い方は悪いけど当時では蔑称のようなものだったようです。

しかし今でもアイドルグループなどでユニット名を付ける事が多いですが、それは戦国の世でも同じだったのでしょうか。こう考えると戦国では○○四天王などの表現が多いですね。名が知れて他国にまで広がるのは、戦などでも影響があったのかもしれません。ネームバリューで敵を圧倒するってカッコいいですね(笑)

では次回もまた引き続き賤ヶ岳で色々あった方々を語っていきましょう。