鬼武蔵の本能寺後1

さて今回からは鬼武蔵と本能寺の後に起こった出来事をいくつかご紹介します。鬼武蔵こと森長可と言えば本能寺で主君信長と共に死んだ森乱丸の兄。その本能寺が起こった後の森家で起こった出来事です。

本能寺にて織田家のトップである織田信長は明智光秀の謀反により切腹に追い込まれる。その際に長可の弟である、乱丸、力丸、坊丸らも討ち死にした。その後森家では長可が喪主となって葬儀が執り行われる。その中、一旦長可は奥に引っ込む。

そして次に出てきた長可を見て参加者達は目を丸くした。

長可は兵を引き連れ、鎧を着こんで出てきたからである。長可は驚く参加者達にこう告げた。

「我が森家はかねてより、馬串山米田城主肥田玄蕃と領土紛争を起こしていた。そして今日は我が家の葬式である。肥田玄蕃もよもや葬式の日に攻めては来ないと油断しているに違いない。ならば攻めるは今である!者ども行くぞ!」

当然だが油断していた米田城は長可らによって攻め落とされる。

戦国時代では当然の話のような気がするがこの話の注目ポイントが一つある。長可の「はかねてより、馬串山米田城主肥田玄蕃と領土紛争を起こしていた」の項である。何故、かねてより領土紛争を起こしていたのか。これは長可が「いいからお前の領土よこせよ」と吹っかけて起きた紛争である。要するに自分から起こした紛争である。

そしてこの肥田氏、織田家家臣である。要するにまた我らが鬼武蔵が切ったのは味方である。

 


2014年3月9日 鬼武蔵の本能寺後1 はコメントを受け付けていません。 新着